専業主婦からWEB制作者へ 25年の時を経て見つけた働き方
私は二人の娘の母です。長女は大学一年生、次女は高校一年生。
よく言われる、「子育てがひと段落した頃」でしょうか。
大学を卒業し、就職氷河期のさなかに社会人となり、20代は昭和的なパワハラ・セクハラが当たり前のようにある環境で過ごしてきました。
あの時代、本当に理不尽なことも多かったけれど、文系出身でありながら、その時々の仕事で必要となるITの資格取得に励み、なんとか頑張ってきた20代でした。
結婚・出産・子育ての日々
30代で夫と結婚。実家から600キロ以上離れた関東での生活が始まり、まもなくワンオペ子育ても始まりました。
千葉に来てからは、仕事をする間もなく妊娠・出産。
自分のことだけならなんとかなった独身時代とは違い、自分以外の誰かをお世話することの大変さを、身をもって知りました。産後のホルモン変化による鬱々とした日々も経験しました。
振り返れば、あの時期が人生で一番つらかったのではないかと思います。
自分が頑張ればなんとかなる、という希望があった頃とは違い、いくら自分だけが頑張っても、他者である子どもを自分の思いどおりにすることはできません。工夫を重ねながら、調整を重ねながら、育児に奮闘していました。
パート復帰とコロナ禍
そして、「そろそろパートでもしようかな」と思い始めた頃、コロナが始まります。長女は小学6年生、次女は小学3年生。そこから3年間は、皆さんが経験したのと同じように、非日常の日々が続きました。そうして、長女が高校生になるタイミングで、再び仕事を始めました。
10年以上のブランク。
これは、本当に堪えました。パソコン教室のインストラクターをしていたのですが、更年期の時期とも重なり、仕事自体は楽しいながらも、体はしっかりストレスを抱えていました。
若い頃とは違う。
もう、自分の体が若くないということも考えながら仕事をしなくてはいけないのだな、と痛感しました。子育ても完全に終わっているわけではありません。パートをしながら、家庭の状態を見ながら、自身の働き方について考える日々が続きました。
働き方の選択肢
フルタイムに戻せるのか。派遣がよいのか。まだパートでいるべきなのか。
次女はまだ中学1年生。
それらを考えながら、自分の働き方を決めなくてはいけないことに、心の中ではずっと悶々としていました。専業主婦でいられた時代を支えてくれた夫には、今でも感謝しています。
けれど、私は思っていました。
若い頃に経験していたWEBディレクターの仕事に戻りたい。業務改善を提案していた営業の仕事に戻りたい。
そう思っても、50歳を目前にした女性に、その門戸はなかなか開かれていませんでした。もちろん、自分自身の技量不足もあると思います。
WEBコミュニティとの出会い
そんな中、登録していたWEBコミュニティのメールマガジンで、主宰者自らが講義をする「WordPress保守管理トレーニング」講座の存在を知ります。
貯めたパート代を使い、10万円近いその講座を受けることにしました。
この講座が、今の私を作ってくれました。
その講座は、単に「WEBサイトの作り方」を学ぶものではありませんでした。WEBサイトを作り、その後どのように運用していくのか。
サーバーの管理。ドメインのこと。サイト移転の際の注意点。サイトが開かなくなったとき、サーバーのどのファイルを確認すればよいのか。そんなことまで含めて学ぶ講座でした。25年のブランクを、一気に埋めてくれるような内容だったのです。
そして、その主宰者が運営するコミュニティにも参加しました。こちらでも、今では本当に良い仲間ができました。コミュニティ内で質問をしたり、同じ業種の仲間たちとつながったりすることで、WEB制作の現場感に触れることができます。また、定期的に開催されるオフラインの交流会も本当に楽しく、毎回良い刺激をもらっています。
コミュニティの繋がりだけではありません。商工会議所にも積極的に足を運び、地域の企業の方たちとも交流するようになりました。
現在(2026/08/09)、開業して約1年半となりますが、収益は昨年より確実に増え、なにより、自分がやりたいと思っていた仕事を、少しずつ獲得できるようになってきました。
WEB制作の現場に戻ってこれた理由を考えてみる。
では、どうして私はWEB制作者に戻ってこられたのだろう。
改めて考えてみました。具体的な転機を挙げるなら、「WordPress保守管理トレーニング」を受けたことでしょう。
非常に良い講座に出会えたこと。
そして、参加したコミュニティが私の肌に合っていたこと。
これは、どちらかというと「運」の要素が強かったと思います。
では、もう少し抽象的に考えるとどうか。
それは、『常に、自分の行きたい方向、やりたいこと、なりたい自分を考え、その方向に向かって行動していたこと』なのだと思います。
いきなり大きく人生の舵を切る必要はありません。そして人生は、そんなに自分の思い通りに転換できるものでもありません。だけど、『今の自分にできる、小さなことから始める』事はできます。
私の場合は、ITを諦めなかったことでした。
専業主婦だった時代も、ネット銀行の黎明期にいち早く利用を始め、ひとりのユーザーとしてその仕組みを体験しました。
「主婦が欲しい株」としてよく名前が挙がるイオンの株も、ネット証券口座を開設して購入しました。
NISAが始まったときも、資産の、分散運用の一つの手段として活用しました。
電子決済も、新しいサービスが立ち上がるたびに行われるキャンペーンなどを活用しながら、ユーザー側の視点で「どの決済が使いやすいのか」を考えて使ってきました。
今ではオンライン診療も以前より身近になりましたが、「これが、ワンオペ子育てをしていた頃にあったら、どれほど楽だっただろう。」と思うことがあります。こうした経験も、これから自分がWEBサイトを制作するときの提案に生きてくるのではないかと思っています。
子育ての合間に見ていた韓国ドラマも、ただ見るだけではなく、ヒアリングを意識し、隙間時間に文法の本を読むようにしていました。字幕通りの意味なのか、知りたかったのが原点です。まさに、「好きこそ物の上手なれ」ですね。(笑)
その積み重ねで、今年TOPIK1級(韓国語の資格としては初級レベルの資格です。)を取得しました。時間はかかりましたが、楽しく負担なく、韓国語を学ぶことができました。
最後に
専業主婦だった時代を振り返ると、子どもと充分に関われたという点では、大満足でしたが、自分自身のキャリアという意味では、悩みや苦しみが多い時代だったように思います。自分のやりたい仕事と働き方がマッチしないジレンマ。
今のような働き方ができるなんて、想像もできなかった当時の私に、もしも言葉をかけることができるとしたならば、
「一つひとつの道を、地道に歩き続けてきたことは間違っていなかったよ。」
と、こんな言葉を伝えるでしょうか。
こんな私でも、ここまで来ることができました。
夢や目指す場所は、人それぞれ違うでしょう。しかし、その夢に向かって、今できることを、自信を持って続けてみてください。
すぐに何かにつながらなくても、その積み重ねは、いつかきっと。
皆さんの糧になると思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
※追記:こうした経験から、専業主婦時代や子育てを通じて感じてきた課題を形にするため、現在「PTA改革」にも取り組んでいます[詳細はこちら]
This article was written by Ai Sakata, representative of A_design7.com, on August 9, 2026.